創業者紹介

ビジネスホテル やどまる美祢

藤原 良香

Ryoukou Fujihara

創業で大切なのはマーケティング。
成功の秘訣は競合の存在を把握し、
参入障壁を高くすることにあります。

藤原 良香42years old

Ryoukou Fujihara

広島県広島市生まれ、42歳。35歳まで音楽の道を目指しながら大手レンタルDVD店に勤務。メジャーデビューへの断念を機にスーパーホテルの支配人に(業務委託)。経験を積んだ後、妻の故郷である山口県でビジネスホテルを創業。
 
ビジネスホテル やどまる美祢
創業:2017年11月27日
住所:美祢市伊佐町伊佐4849-1
HP:https://www.yadomaru.com

大手レンタルDVD店で働きながら音楽の道を目指していた藤原良香さんは、35歳でその夢を断念し、国内外で120店舗以上を構えるスーパーホテルが募集する「ベンチャー支配人」に転身。支配人として実際にホテルを経営しながら、ホテル運営に関わる業務や経営のノウハウを学びました。そして、平成29年11月、奥様の故郷である山口県にビジネスホテルを創業。創業に至るまでの道のりやこれから創業を考えている方へのアドバイスなどをお聞きしました。

ホテル業界を選んだきっかけを教えてください。

大手レンタルDVD店で働きながら、メジャーデビューを目指して音楽活動をしていましたが、現実はなかなか厳しく…。35歳を迎えて、堅実な仕事に就くことを考えていたとき、インターネットでスーパーホテルの支配人募集を知りました。将来、独立や開業を目指す人のための4年間契約の支配人で、業務委託でホテルの経営を丸ごと任せるといったものでした。実際に働きながらホテル運営に関わる業務や経営のノウハウが学べるし、しかも経験は問われない、だったらやってみようと。ただ、この時は創業を目指したのではなく、生活していくための決断でした。

結果として創業されていますが、そのきっかけは何だったのですか?

スーパーホテルとの契約期間中、経営自体はうまくいき、生活も安定していました。本音を言うとそのまま続けたかったんですけど、契約の条件に「子どもをつくってはいけない」というのがあったんです。でも、どうしても子どもは欲しかったので、スーパーホテルに残ることは断念せざるを得ませんでした。そこでこれからの将来について考えたとき、やっぱり自分にできることはホテルしかないだろうと…。この4年間でホテル経営についてはしっかり学んできたつもりなので、ビジネスホテルで創業することを決めました。

創業にあたって、どこかで学んだり、指導を受けられたりしましたか?

スーパーホテルの卒業を決めた後、まずはインターネットで創業について調べました。中でも参考になったのは、YouTubeにアップされていた起業についての動画です。それをとにかく毎日観て競合分析、出店戦略などについての勉強をしました。その他にも、会計やプログラミング、不動産、民法など、創業準備期間中はさまざまな勉強に多くの時間を費やしましたね。美祢商工会へは、創業する候補地が絞れてきたタイミングで初めて足を運びました。美祢市で創業すると決めた後は、さまざまな相談をし、たくさんのアドバイスをいただきました。また、開業直前には、商工会からご紹介いただいたインターネット戦略についてのセミナーにも参加しました。

なぜ美祢市で創業されたのですか?

「競合が少なくて稼働率が高いこと」、そして「私の母が広島に、妻の両親が周南市にいること」、この2つの理由で中国地方で創業することを決めました。それから1年くらいかけて、競合になりそうな施設の数や部屋数などの増減データを旅行サイトから取得し、候補地を広島県の三次、庄原、山口県の美祢に絞りました。三次、庄原、美祢での現地調査の結果、三次か美祢の二択に絞り込みました。この二択になった理由は、「工場への出張者やビジネスマンをメインターゲットにする」という私の経営戦略にあります。出張などで利用するお客様はレジャー客に比べて宿泊のターンが短いですからね。なので、レジャー客がメインとなる庄原は候補地から外しました。マーケットの大きい三次で創業することで気持ちはほぼ固まっていたんですが、美祢商工会の方が本当に親切で、しかも、工場にも美祢インターにも近く、安い土地が見つかったことで美祢市に決定しました。ちなみに三次の土地は美祢の5倍くらいの価格でした。

資金調達はどのようにされたのですか?

商工会で事業計画書を見ていただいたところ、かなりのダメ出しをもらいました。やっぱり事業主自身が作ったものだと非現実的な要素が多く、どうしても夢や理想が含まれてしまいがちです。第三者の目で冷静に見てもらえたことは、本当にありがたかったですね。その後、修正に修正を重ねてブラッシュアップした事業計画書を日本政策金融公庫に持っていき、結果、7千万円近く借り入れることができました。これは個人としては異例な額です。商工会のみなさまの協力がなければ達成できなかったと思います。ちなみに自己資金は1,300万円ほど用意していました。

多額の借り入れをすることに不安はありませんでしたか?

きちんとしたビジネスホテルじゃなくて、「古民家民宿やゲストハウスでもいいのでは?」などと言われましたが、それだと参入障壁が低いんですよね。他社が簡単にマネできないような参入障壁を作ることができるかが、ビジネスを成功に導くためにとても重要というのが私の考えです。そのために、出店場所を決めるときは、競合について徹底的にリサーチをしましたから。その想いを日本政策金融公庫の方も汲んでくださったのだと思います。ビジネスホテルの運営には、多額の借り入れが必要になるので、もちろん不安はありますが、ここまでやらないと他社には勝てないですから。ゆるい計画でゆるい融資金額だと覚悟が伝わらず、逆に借りられなかったかもしれませんね。

他のホテルとの差別化を図るため工夫されていることなどはありますか?

全館禁煙でインターネット環境が整っていること、全ての部屋が一般的なビジネスホテルよりも広い13平米のダブルベット仕様なので、長期連泊でも快適にお過ごしいただけること。後は、暗証番号キーの導入で、チェックアウト時の手続きを不要にしたことですね。チェックイン時に精算を済ませ、部屋の暗証番号が記された紙をお渡しするだけなので、「鍵を返す」という作業が発生しないんですね。これはお客様にとっても朝の時間が潰れないという利点だけでなく、私にとってもフロントにスタッフを配置しなくていいという利点があります。この辺りはスーパーホテルをモデルにしていますね。現在は、主に私が1人で業務をこなし、妻がリネン類と清掃の補助を担当しています。

稼働率など現在の状況について教えてください。

おかげさまで、稼働率は目標の数値を上回っていますね。オープンからの累計平均稼働率は74%になります。宿泊のお申込はほとんどがインターネットからで、営業活動は特にしていません。元々競合が4〜5件で、稼働率の高いエリアを選んでいるので、ネットで検索した場合、間違いなく1ページ目に名前が出てくるんですよ。インターネットを利用してホテルを探されるお客様が多数を占める今の時代ですから、1ページ目に表示さえされてしまえば、たとえ11室のホテルでも大きなホテルと十分に戦えます。徹底して行ったマーケティングの結果が数値となって表れていると感じています。

創業して良かったと思うことは何ですか?

理不尽な上司から解放され、よくわからない仕事をしなくても良くなったことでしょうか(笑)。以前は、どうしても「やらされている」感がありましたが、全てを自分で決めることができる現在は、そんなことは全くありません。それと、今は扉1枚開けると妻が居て、子どもが居てと、家族と一緒にいられる環境も楽しくやれている理由だと思います。会社勤めだとなかなかこうはいきませんから。

現在の状況と今後の目標を教えてください。

今のところ順調に経営できていますが、勝因は競合が少ないということだと認識しています。将来的に競合が出てくる可能性は十分ありますので、その時に戦える体力はつけておきたいですね。今できることは、利用者の満足度を上げていくことです。それと、現在は11室で私と妻だけで回せる「雇わない経営」ですが、経営が安定してもっと利益が出るようになったら部屋数を増やしたり、別のところにもホテルを建てたり、スタッフを雇ったりしたいです。ただし、人を雇うのには、広告料や育成費用など、最低でも年間300万円はかかると思っていますので、しばらく先になるでしょうね。

現在創業をお考えの方にアドバイスをお願いします。

店舗型の経営を目標とされている方は、場所をしっかりとリサーチすることが大切です。環境が良いところは後から大手が出店してくる可能性が高いので、競合が少ない場所で、しかもニッチな分野を見つけられるかどうかが成功の鍵を握っていると思います。さらに、創業後、競合が入ってこれないように参入障壁をどう作るかもしっかりと考えた方がいいですね。どんな業種にも言えることですけど、やっぱり重要なのはマーケティングだと思います。